史跡めぐりHistoric Tour

歴史を体感する森

ホテル椿山荘東京の庭園には、数々の由緒ある史跡が点在しています。
有形文化財として登録されている逸品もあり、見どころが満載です。ここでは、その一部をご紹介します。

庭園マップ
  • 十三重の塔

    ①十三重の塔

    戦国時代の武将で茶人でもあった織田有楽(織田信長の弟)由縁のものと伝えられる層塔(総高4メートル76センチ)。花崗岩製で、第一層に四方仏(弥陀・弥勒・釈迦・薬師)が彫刻されています。また、数種の層塔が混合していますが、その一部は鎌倉期の様式を示しているのも特徴です。

  • 般若寺式石燈籠

    ②般若寺式石燈籠はんにゃじしきいしどうろう

    鎌倉後期の逸品。江戸期の茶人や造園家の間で「名物の灯籠」のひとつとして人気を得ていた「般若寺式」の石灯籠。

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    その評判ゆえ、多くの模作が造られましたが、昭和53年石造美術研究の権威:川勝正太郎博士により、椿山荘の灯籠が鎌倉期に造られた原作であり、奈良県般若寺に現存するものはその写しであろうという調査結果が発表されています。

  • 三重塔「圓通閣」

    ③三重塔「圓通閣」えんつうかく(国登録有形文化財)

    平安期の歌人として名高い参議・小野篁(おののたかむら)ゆかりの寺院、広島県賀茂郡の篁山(たかむらさん)竹林寺に創建されたものをその起源とする三重塔。

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    それが、大正年間の強風によりニ・三層目が大破した状態にあったところ、藤田男爵の目に留まり、大正14年目白の森に移築され現在に至ります。建築工法や細部の様式から、室町期の作と推定されますが、平清盛が第一回目の修復を執り行ったという言い伝えもあり、創建の謎はいまだ明らかにされておりません。平成22年には移築後初となる大改修を行い、新たに本尊として聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)を奉安。臨済宗相国寺派・有馬頼底管長猊下による落慶ならびに入仏開眼法要を執り行い、「圓通閣」と名乗るところとなりました。圓通とは、圓通大士すなわち観世音菩薩の異称で、圓通閣は観音堂を意味しています。

  • 無茶庵(むちゃあん)

    ④無茶庵むちゃあん

    文京区林町にあった紅葉旅館の離れを昭和29年(1954年)に移築したもの。室町期に造られたものと伝えられています。

  • 木春堂

    ⑤木春堂もくしゅんどう

    五島慶太翁が神奈川県足柄上郡の中津渓谷沿いに所有していた田舎屋を、昭和28年(1953年)に譲り受け移築したもの。
    ※五島慶太翁は長野県出身の東急電鉄グループの創始者です。

  • 五慶庵

    ⑥五慶庵ごけいあん

    京都二条城前にあった三井邸を昭和29年(1954年)に移築し、五島慶太翁の名をいただき命名されたもの。

  • 長松亭

    ⑦長松亭ちょうしょうてい

    電力業界の長老松永安左ヱ門翁に設計を依頼して1954年(昭和29年)に完成した、松永翁好みを茶室をベースに現在は一部改築を加え、錦水内の個室としてご利用いただける。

  • 残月

    ⑧残月ざんげつ

    箱根小涌谷の藤田男爵の別荘に男爵が表千家の茶室「残月亭」を写して建築したものを、1947年(昭和22年)に移築しました。2004年(平成16年)、国登録有形文化財(建造物)に指定。

  • 古香井

    ⑨古香井ここうせい

    古くから東京の名水に数えられた湧水が自噴する井戸。秩父山系からの地下水が湧き出ているもので、ミネラル・カルシウムを豊富に含んだ弱アルカリ性の水です。大正12年の関東大震災時には、被災者に開放され、その渇きを癒したと言われています。

  • 古香井

    ⑩庚申塔こうしんとう

    寛文9年(1669年)に造られたと伝えられる、道教の庚申信仰に由来する石塔。青面金剛像が彫刻されています。江戸初期、早稲田から関口台に抜ける野道がこの辺りにあり、その名残を今に伝えています。

  • 羅漢石

    ⑪羅漢石らかんせき

    江戸中期の画家伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の下絵による五百羅漢のうちの約20体で、京都南郊伏見の石峰寺に置かれていたものと伝えられています(像高約50センチ)。

  • 白玉稲荷神社

    ⑫白玉稲荷神社しらたまいなりじんじゃ

    大正13年(1924年)藤田平太郎男爵が京都下鴨神社にあった一間四方の社殿を移築し、翌14年伏見稲荷明神から白玉稲荷を勧請して椿山荘の守護神としました。

  • 椿山荘の碑

    ⑬椿山荘の碑ちんざんそうのひ

    明治10年(1877年)西南の役に凱旋した山縣有朋公爵が、翌11年「つばきやま」の名を「椿山荘」と命名した際の感慨を刻んだ記念碑です。